「母には内緒で父の浮気調査を…」と県南に住む女性とその夫が相談に来た。何かよほどの事情があるのだろうと察し、詳しく話を聴いていく。52歳になる母は、18歳の時、両親・兄弟を不慮の事故で失った。近親者の親族は誰もいない。いわば天涯孤独の身だという。母にとって家族がすべてで、30歳になる私と婿に入ってくれた夫、小学生の娘、私とはひと回りも年の離れた大学生の妹がいる。父は、自営業で建設関係の仕事をしており、人を使うまでになったが、それはひとえに、母の並々ならぬサポートが大きかったのだ。
私が小さかった時も、父は女性問題と賭け事で何度も母を泣かせてきた。それでも母は歯を食いしばり私たちを育ててくれた。しかし、反抗期になった私は、そんな父も憎かったが、それ以上に何も言わずに耐え忍んでいるだけの母に大きな反感を抱いた。高校を中退して、それからは何度か人の道に外れることを繰り返し処罰も受けた。それでも、母はどんな時も私を責めることはなかった。父のこと、私のこと…どんなにつらくても、大きな愛で包んでくれた。
母は若くして肉親を亡くしたという辛さを、私たち家族への愛情に転換してくれたようだった。母の想いに打たれたかのように父は仕事に精を出し、私も更正した。それからは、新しい家族もでき笑顔も増えていった。3年前には、2世帯住宅も建てることができた。母は経済的には外で仕事をする必要はまったくないのに、貧乏性だからと笑顔で今も働いている。これからは、苦労のない平穏な生活が続くと思っていた矢先のことだった。
最近、うつろな目をして寝そうにソファーに座っている母を頻繁に見かけるようになった。何かあるのと話を向けると、何もないと言いながらも一筋の涙が頬を伝わる。ようやく、話を打ち明けてくれた。父が1年ぐらい前から浮気していると思うと。喜怒哀楽が激しくなり、浮気相手とうまくいかないときは当たり散らす…。これは昔から父が女性問題を起こしてきた時のパターンだと。ただ、大騒ぎはしないで胸にしまっておいてと釘を刺された。私が我慢すれば、このままみんなが幸せな生活が送れるのだからと。母がふびんでならない。父を嫌いではないが、それは母を泣かせることはしないという前提があってのこと。もし、母の言うことが本当なら許せない。妹と夫に相談した。しばらく3人で様子をみるとういことになり、ついに父の入浴中に妹が父の携帯を。相手は家族ぐるみで十数年の付き合いがあった、父の後輩の3年前に別れた妻だった。離婚の仲裁などに父と母は、何度か間に入っていた。衝撃の事実に言葉も出なかった…。
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