「息子を捜してください」。その悲痛な声の発信元は山口だった。もうすぐ60歳を迎える母親からの相談だった。
息子は、地元の高校を卒業して栃木の大学へ入学。途中1年間休学してタイ・インド等を旅して回った。旅の終わりに実家へ立ち寄った時、風貌も違っていたが、日本とのあまりの違いにカルチャーショックを受けたと熱く語る息子の姿に、たくましさを感じたと話す母親の声は、涙ぐんでいた。
その後、大学に戻り卒業して大学院に進む。しばらくして、姉の結婚式のため帰省し、父親と酒を酌み交わしていたとき、自然と将来についての話になった。父親も、母親も企業へ就職するものだと決めつけていたが、息子は違った。「音楽の道に進みたい…」と、予想だにしなかったことが息子の口をついて出た。「音楽?」、父親はあきれ果て、冷たいまなざしを向けたまま、それ以上息子の話に耳をかそうとしなかった。
そんな父親の様子を見て、酒の勢いも手伝ったのか、息子の口から、「ありきたりりの人生なんてつまらない!」と、親の人生を全否定するような言葉が次々と出てきた。そして、今まで目にしたこともないような大げんかに発展し、そのまま息子は家を出た。やがて、息子が乗っていたバイクが大学構内に放置されていたとの連絡により、大学院も辞めたことを知った。それきり連絡が途絶えた。
父親も、息子のあれ程の形相と反抗的な面を見た事もない。夫婦ともに、教員として真面目に定年まで勤め上げた。家族のため、教え子たちのため、ただ真面目に生きてきたという自負もあった。その人生を鼻で笑い、ばかにした息子に対する父親の怒りは収まることがなく「探すことはまかりならぬ!」と。それから10年。母親は忘れようとした。しかし忘れられるはずはない。「栃木は遠い…。探す当てもない」と、父親には内密で捜索をしてほしいと母親から送られてきた手紙には切実な想いがつづられていた。
そこに同封されていた、たった1枚の写真。大学入学前に行った記念にと家族で温泉旅行に行った時のものだった。そこには、浴衣姿で肩を並べてほぼ笑んでいる父親と息子が映しだされていた。
手がかりは、学生時代から使われている銀行口座と既に解約された携帯番号だけだった。難しい調査になる。しかし、何としても探し出したいと、仕事を越えた人間としての情にかられた熱いものが探偵たちに宿った。意地の張り合い。息子だって親への思いが必ずやあるはずだ。それを信じ捜索が始まった。
*本文はいくつかの事例を基に構成されています。盗用・無断転用・無断転載を一切禁じます。
