
定年後の熟年夫婦の浮気の相談が増えている。
特に、子どもや孫が同居していない夫婦は、二人きりの時間が増えることで、
夫婦間の距離感が近くなり過ぎ、少しずつ重苦しい空気がまん延してくる。
そして、無遠慮にぶつけられる態度や言葉に亀裂が生まれてくる‥。
60代半ばの妻が相談に来た。
白髪で凛(りん)としたたたずまい。
その上品な身なりと、銀縁の眼鏡が知的な雰囲気を醸し出す。
「不倫の証拠をとってきちんと離婚したい。
残り多くない人生、浮気を何年もの間続けてきた夫に見切りをつけて、自由に生きたい」と、
すでに覚悟を決めてきたような力強い口調で、そのいきさつを語った。
同い年で夫婦共々教育者だった。
お互いに上位の役職で定年を迎えた。
夫は、それから働かなかった。
妻も最初の1年は家にいたが、口うるさくなる夫に辟易(へきえき) して、ボランティアの団体に所属、
外国人相手に日本語と日本文化を教える立場についた。
妻が夫の浮気を知ったのは、夫の友人からの告発だった。
「現在30歳になる、〇〇という教え子とここ10年来浮気をしている。
その女性は離婚していて、経済的な面でも面倒をみている」 というもので、住所と名前までも教えてくれた。
たしかに、夫の預金通帳を目にすると、まとまったお金が何度も引き出されていたのは知っていた。
しかし結婚から40年近く給与は別々に管理していたので無頓着な面もあったと振り返る。
ここ数年来、特に定年退職後は急激に夫婦仲が冷えていった。
家政婦のように扱う夫の態度に嫌気がさしてきた。
自分は自由に外出するのに、妻の外出は異常なまで追及してくる。
妻は、告発を受けてから眠れない日々が続いた。
それは、夫を愛しているということではなく、まったく別の感情のおもむきだった。
つまるところ、今はまだ健康でも、いずれどちらかが床に伏せる時がくる。
介護をすることになっても、受けることになってもと考えるだけでもやりきれないという感情と不安。
まさかこの年になってこんな思いをしようとはと顔を伏せる。
女性に対しては、嫉妬ではなく、あるのはプライドだけ。
とにかくどんな女性なのかが気になって仕方がない。
次第にその思いは何かの怨念のような呪縛となり、 女性宅を何度も見に行ってしまう自分がいた。
ふと我に返ると、教育者としての地位も信用も築きあげてきたという自負もあるのに、
そんな自分の行動に、自己嫌悪が身を包む。
このままでは精神的に崩壊してしまう。
そんな自分と決別したい‥。
もう悔いはない。
証拠をとって闘い抜く‥。
残り多くない人生の自由を手に入れるために‥。
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