「娘から突然、結婚したい相手がいると言われまして…と県東から来た60代の夫婦。
身なりは地味だが、夫婦それそれ程よい品格が備わっていて、周りの人に好感を抱かせる。
仲むつまじい夫婦であることが見て取れる。
この夫婦は、地元でも先祖代々続く大農家であり、長女夫婦が後を継いでいる。
相談は次女のことだった。
次女は31歳で、長年福祉の仕事に就いている。
農繁期には積極的に稼業を手伝い、入院している祖母の世話も当たり前のように看ている。
夫婦にとっては優しくて思いやりのある自慢の娘であり、叱ったことなど記憶にないと言い切る。
家柄もあってか、地元の有力者などから見合いの話はたくさんあったものの、すべて娘から断ってしまった。
30歳を過ぎた今となっては、まったく見合いの話もこなくなってしまったという。
その娘から、突然結婚したい相手がいると告げられた。
共に結婚を誓い合っているという。
まさに、夫婦にとっては青天の霹靂(へきれき)だった。
とりあえず、その男性についての話を聴くと、一回り年の離れた43歳で、身寄りもない。
5年前、勤務している工場の統廃合に伴い、生まれ故郷の北陸を離れて栃木の工場へ転勤してきたという。
そこで両親は、まず会ってみることが先決と考え、夕食に連れてきなさいと娘に話した。
ところが1カ月過ぎても連れてこない。
娘の行動にも変化が現れてきた。夜勤明け、休日も家を空けることが多くなってきた。
娘と話を しようにも、聞く耳を持たない。
熱病にでも侵されたかのように娘が変わっていった。
これまでまったくと言っていいほど叱ったことのない夫婦にとって、対処する術がなかった。
見かねた長女夫婦が間に入り、ようやく男性を連れてくる約束を取り付けた。
いい人でありますようにと何度心の中で念じたことかわからない。
そしてその日は訪れた。
第一印象で、もろくも両親の願いは崩れ落ちた。
その風貌は、品格も清潔感もない。
金のネックレスを身にまとい、高級腕時計をはめている。
そしてその風貌とは裏腹に、挨拶といい、笑顔といい、まるで腕のいい営業マンを髣髴(ほうふつ)させる。
その饒舌(じょうぜつ)さと調子の良さは、より一層夫婦の不安を増幅させる結果となった。
男が帰った後、交際を反対したが、「人は見かけで判断してはいけないって、いつも言っていたでしょう!」と話にならない。
こんな形相の娘を見たのは生まれて初めてだったと、母親は目頭を押さえた。
男女の交際から事件に発展するニュースが後を絶たない。
愛する娘の行く末を心配しない親はいない…。
その男の嘘偽りが次々と明らかになっていく…。
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