「大学を辞めたい。結婚したい人もいる」と娘から突然言われたと、県内で会社を営む夫婦。夫婦の会社は4代続く、栃木県内の老舗の食品関係の優良企業。娘一人しか授からなかった。夫婦は後継者の問題が常に重圧となり頭から離れることはない。娘に婿を迎え跡を継がせることが先祖への義務だと、常々話してきたし娘も理解していたものだと思い込んでいた。

 娘に「東京の大学にいかせてほしい。そしたら、帰郷して会社に入るから」と懇願された。大学の4年間であっても、溺愛していた親にとっては身を切られるようにつらいこと。ただ、願いをかなえてあげたいと、大学を卒業したら帰郷する約束で一人暮らしをさせた。娘には安心して不自由のない生活をさせてあげたいと、利便性の高い都内の一等地の高級マンションを借りた。アルバイトをしないでもいいように十分な仕送りもした。初めは月に2~3回帰省して、学校のことや都内の暮らしぶりを満面の笑みで話してくれるひと時が、夫婦にとってうれしかった。こんなに楽しそうで…、一人暮らしさせて良かったと。この幸せな時間が大学卒業まで続くものだと思い込んでいた。

 しかし徐々に帰省が月に1回になり、2カ月に1回になっていく。服装も髪型も化粧も洗練されていくといえば聞こえはいいが、高校時代までの愛娘の姿はなくなっていった。夫婦は「娘に嫌われたくない、帰省してくれなくなったら…。4年間の辛抱だ」と、自らに言いきかせた。何度、娘のマンションのエントランスに立ったか分からない。だが、インターホンの部屋番号は押せずに帰ってきたと、母親の目は濡れていた。

 そんな娘から、突然「大学を中退したい」と連絡が。さらに「結婚したい人がいる」と告げられた。まさに青天の霹靂(ヘきれき)。すぐに直接話を聴きたいと、帰省日を約束させたが帰ってはこなかった。思い余って娘が住むマンションに出向いた。インターホンを押すが返答はない。非常用のためにと合鍵はある。娘の不在時に入室するのは後ろめたいが、構っていられない。ドアを開ける。部屋には男物の洗濯物が干されていた。ショックのあまり何もできずにマンションを後にした。

 調査開始。娘は風俗店で働いていた。娘と交際していたのは、そこの店員で、俗にいうチンピラといわれる部類。この事実に夫婦は言葉を失った。数日後、身辺警護として夫婦に同行して、強制的に娘を連れ帰ってきた。最初は抵抗し取り乱していた娘も、両親の愛情あふれる態度と、何よりも愛する祖母の涙を見て崩れ落ちた。再び祖母の深い愛情に包まれ、もとの娘に戻りつつある。笑顔が戻る日は遠くないと信じて、我々も男からの接触を注意深くケアしている。

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